「おや、大丈夫かい? ゆっくりしていきな」
普段は景気の良いマスターの声が、今回は心配そうな声をカズヤにかけた。
「迂闊だったな、俺……」
ここは、ルインシスの酒場。大抵いつでも誰かがたむろっていて、情報収集には最適である。ちなみに今のカズヤは「ゾンビ」状態である。普通、ゾンビ状態になる条件は一つしかない。
「狩られたぁぁぁ……」
カズヤはPKに倒されたのだ。すっかりうなだれている。
「あら~、カズヤさん♪ 今日はいつもより早いんですね! ……大丈夫ですか?」
カウンター席の隅に座っている男が、不気味な女言葉でカズヤに話し掛けてきた。
「刀の錆になりたいのか?」
「冗談ですよぉ♪ どうせ今日も、女の子引っかからなかったんでしょぉ?」
本気に聞こえる凄みを持った脅しをかけるが、男は、動じる素振りも見せなかった。
「オラァ!!」
「ぶほっ!?」
調子に乗っているようなので、カズヤが刀の鞘で一撃殴打。男は無様な格好で、2mほどすっ飛ぶ。
「おいおい、困るなぁ、喧嘩は」
などと言いながらも、酒場のマスターも特に止める様子はない。笑顔だ。いつものことだからである。
「ゾンビ」状態でも、実力そのものに変化はない。この状態でふたたびPKに倒されることは、死を意味するのだが。
「ったく、冗談だって言ってるだろう」
「気色わりぃ声真似してるからだ」
鼻血を垂れ流しながら、立ち上がるのは、カズヤの親友……
「へぇー? このカズヤ様と誰が親友だってぇ?」
もとい、腐れ縁のビレッジマーシュである。
「くそ、この流離の吟遊詩人に向かって……」
「んじゃ、詠ってみろ」
――嗚呼、愛しのアリシア、君は何故アリシアなのだろ……
「アリャァ!!」
「がぼはっ!?」
ナルシスト全開な感じで詠っていると、どこからともなく背後から現れた少女に、殴り飛ばされた。今度は5mほど吹っ飛び、テーブルと客数人を巻き込みながら、壁に激突した。全員気絶しているように見える。
「この私を題材によくもそんな寒い詩を詠ってくれたわね!!」
女は、「この私」にイントネーションを置いて喋った。
「おいおい、困るなぁ、店の物ぶっ壊してくれちゃあ」
店の備品を壊されてしまっては、マスターも黙っていられないのが普通なのだが、口を出す様子もない。彼女に逆らうことは、阿鼻叫喚への近道である。
「相変わらずバイオレンスだな、アリシア。バーサーカーでもやっていれば良いのに」
「余計なお世話。……あら、無様ね」
「ほっとけぃ」
カズヤのゾンビ状態を見て、女は嬉しそうに、イヤミったらしく笑った。しかし、妙に悪い印象を与えない笑みであった。
アリシアは突然、自分の武器である杖を構えた。
「何する気だ……?」
ゾンビ状態のままのカズヤは、訝しそうに聞く。
「ほいっ」
「うわっ!?」
アリシアの気の抜けた掛け声と共に、カズヤが光に包まれる。
「……僧侶は伊達じゃないってか?」
その光が晴れると、カズヤは元の姿に戻っていた。
「ふふ、感謝して欲しいわね」
「ありがとさん」
カズヤにアリシアと呼ばれた女性の「職業」は、その言動に似つかわしくない僧侶である。カズヤのゾンビ状態を解除したのも、僧侶の“祈り”であった。
アリシアとカズヤも、ビレッジマーシュと同様、腐れ縁に近いもので結ばれている。
「ってぇな! 何しやがるんだ!!」
「文句はその変態詩人もどきに言ってください。私に責任は一切合財ありません」
「本物の……愛こそ、相手には……理解されないも……がふっ……」
巻き込まれ、気絶していた客の一人が、アリシアに食って掛かる。ビレッジマーシュは、口から鮮血と妄言を吐いていた。
巻き込まれた客のもう一人が、毒づきながら立ち上がった。
「ったく、今日は厄日だな、狩られた上に、こんな目に遭おうとは」
「あら、狩られたの?」
狩る、という単語にアリシアは興味を示した。それもそのはず、彼女はPKを倒すことを生業としている、討伐隊の一員なのである。
「そうともよ、しつこいヤツでなぁ」
「うんうん、こっちで話しましょ」
アリシアが続きを促し、カウンター席へ案内する。その目が爛々と輝いていた、彼女の生業は、同時に趣味でもあった。
その被害者は、アリシアのおごりである酒を一口飲んで、話を続けた。
「賞金首だから有名だろうけど、イノセントって野郎だ」
「あら、野郎だったの?」
わずかでも腑に落ちない点は、どんどん突っ込む。ビレッジマーシュは口から血を垂れ流し倒れたまま、カズヤは、アリシアといっしょに話を聞いている。
「い、いや、どっちかは知らないが、あんな残忍なのは野郎だろ」
ツッコミにしどろもどろしながら、男は答える。
「どういう風にやられたんだ?」
カズヤが口をはさんだ。
「草原に居たんだが、ヤツが急に現れてなぁ」
「ふむ……」
カズヤは先ほどの出来事を思い出していた。
「マズイと思って、逃げようとしたら、一気に距離詰められておしまい、逃げる間もなかったな」
「わざわざ追ってきたのか?」
「PKなんだから、当たり前でしょ」
いぶかしげに問い掛けるカズヤに、さも当たり前のようにアリシアが返した。
「まぁなぁ……」
カズヤはまだ首をかしげていた。
「何よ、何か知ってるの?」
「いや……」
これ以上首を突っ込むと、アリシアの討伐隊としての嗅覚に捕まりそうだったので、カズヤはそれ以上の詮索をやめた。
「まぁ、いいわ」
男からひとしきり話を聞き、怪しげな笑みを浮かべた討伐隊は、何かを考えてるようであった。
「あぁ、聞き忘れてたけど、アンタは誰にやられたの?」
「いつものアイツだよ……くそっ……」
「呆れた……またやられたの?」
ふと思い出したように聞くアリシアに、カズヤは自分に毒づくようにして返事をした。
「まずは情報収集ね」
「行ってらっしゃい」
「…………」
勢いよく立ち上がったアリシアは、見送ろうとするカズヤを、凄まじい眼圧で睨みつけた。
「な、なんだよ……」
無言で、カズヤの手を握る。そして、その瞬間だけを切り取れば、まるで恋人に微笑みかけているように見える美しい微笑を浮かべる。
「おい、なんのつも……」
カズヤが戸惑ったように言葉を投げかけた瞬間、
「アンタも行くんじゃあああぁ!!」
「うばしゃあああああぁ!!」
カズヤの視点が突然ぐるぐると回転し始めた。アリシアが握った手を軸に、カズヤを思い切りぶんなげたのだ。ライフルの弾のごとく飛んでいったカズヤは、酒場の扉を突き破り、外へ飛んでいった。
「さ~、いくわよ!!」
高笑いしながら去っていく彼女を、酒場のマスターや先ほどの男たちは、呆然と見送るしかなかった。
「あぁ! 待ってくれアリシア!! まだ僕と愛を語らってないじゃないかぁ!!」
「愛を語り合う前に、自称あなたの恋人がぶっ壊してくれたテーブルと扉の費用をもらおうかな?」
アリシアたちを追おうとするビレッジマーシュの首根っこを捕まえて、酒場のマスターがにやりと笑った。
気絶から立ち直った哀れな吟遊詩人は、また1万ゴールドほどのツケを、負わされることとなった。
傍観者でしかなかった男が一言。
「……マスターってあんなに喋る人だっけ?」
どうだろうね?
あとがき
しかし……長さのバランスが悪いですね(汗)
次は確かとても短かったはずです。